オウムは魔法で殺された。オウムは魔法で殺された。
オウムが魔法で殺された!
外では何やら騒ぎになっているのですが、私には何を話しているのか分かりません。
鉄格子の向こうで緑色の煙が上がったかと思うと、色とりどりの綺麗なオウムが次々と地面に落ちていきます。オウムは音を真似するのが得意な鳥です。昨日は骨を鳴らす音を上手に真似てみせました。でも、私がいくら話しかけても真似してくれないので、きっと私が嫌われているんだと思うのです。
今日は何かの鳥の声を真似しています。まるで本当に苦しく叫ぶような鳴き真似で、私は鉄格子の近くに寄ってオウムの姿をじっと見つめました。
「アイさん。あのオウム、どうしちゃったんですかね?」
「クーには分からないかもね。おしゃべりなオウムが死んだだけだ。最近は特にうるさかったからね」
「うるさいと死んじゃうんですか? オウムは声真似するのが好きなのに……」
「ふふっ、クーは優しいね。でも、オウムの シゴト は楽しく踊ることだよ。みんなに迷惑をかけることじゃない」
アイさんは時々こうして難しい話をします。私はアイさんよりずっと年下で、物覚えも悪いから仕方ありません。
でも、あちこちを飛び回って好きなように鳴くのが、誰かに迷惑をかけるのでしょうか。音楽に合わせてくるくるとダンスを踊るのだって、オウムはシゴトだなんて思っていません。シゴトというのは、私みたいに鉄格子で囲まれてどこにも行けない子がするものです。
地面に落ちたオウムはしばらくじたばたしていました。クッキーの食べかすがキラキラ輝いています。そして、もうしばらく経つと、ふんわりとした羽根をまき散らして姿を消してしまったのです。私たちは何も言わず、その様子をじっと見つめていました。
「全員、それぞれにシゴトがあるんだ。クーも気を付けた方がいいよ。シゴトをしない子は死んじゃうからね」
「アイさんだって、散歩とおしゃべりしてるだけじゃないですか。あたしのシゴトも手伝ってくれませんし」
「私とクーは違うんだよ。私のシゴトは、こうして白い身体を晒して歩くことそのものなんだ」
確かにアイさんの肌は白くすべすべしていて、背も大きくて綺麗な赤い目で、私とは全然違います。私の身体はアイさんよりずっと小さいし、肌は赤銅色で綺麗じゃないし、目だってくすんだ黄色なのです。きらきらしたアイさんと話すのは楽しいけど、私みたいにシゴトをしないと生きていけない子とは、やっぱり釣り合いません。
「そうですよね。あたしなんて、ただの褐色のちんちくりんですもん」
この鉄格子の中にいるのは私たちたった二人で、私の話し相手はアイさんだけです。アイさんの話し相手だって私しかいません。でもアイさんだって、オウムみたいに自由に空を飛べたら私となんておしゃべりしないでしょう。
「……ほらほら、私と話してるとまた荷物がいっぱいになるよ。おしゃべりはシゴトを終えてからね」
ランプがカチカチという音と共に明滅して、褐色のコンテナがたくさんの荷物で満たされていきます。シゴトの時間です。まだアイさんと話したかったのに、自然と身体がシゴトに向かって動き始めていました。私の生活は、毎日こんな感じです。
私のシゴトは、バラバラに届いた荷物を整理して、種類ごとに分けてもう一回コンテナに運ぶこと。物覚えの悪い私にもできるように、届く荷物の種類はたった三つしかありません。赤いお花と、銀色のレンガと、白い糸です。赤いお花はポピーといいます。アイさんが教えてくれました。
私はポピーが大好きです。でも、ここにたくさん届くのは銀のレンガで、端から端まで運ぶのはとにかく疲れるシゴトなのです。頭の悪い子でもできる簡単なシゴトに、楽なシゴトはありません。コンテナから荷物を取り出して、同じ荷物のコンテナに収納する。全部終わるまでその繰り返しです。
アイさんに言わせると、私のシゴトには無駄が多いのです。でも、私は荷物を分類するのに精一杯で、効率のいいシゴトのやり方なんて考えたことがありません。同じ種類の荷物から順番に運んで、終わったら次の種類の荷物を運ぶんだよ――そう言われたって、覚えられません。私は毎回コンテナを端から全部確認しないと、どこに入れるか分からなくなるのです。
「クーはいつも一生懸命にシゴトしていて、偉いね。ちょっとこっちに来てごらん」
「どうしたんですか? あたし、今シゴト中なんですけど。このレンガだってとっても重たくて……」
「ふふっ、ごめんごめん。私もね、この鉄格子の外にはシゴトがあるんだけど。今はこれくらいしかできないんだ」
アイさんはそう言って、どこからともなく小さな赤いポピーを取り出しました。そして、きょとんとした私の頭にそっとそのポピーを挿して、「褐色のちんちくりんなクーだって、私には大切だよ」と優しく言ったのです。私は何だか全身の力が抜けて、両手に抱えていたレンガと一緒に床にへたり込んでしまいました。
シゴト中に荷物を落としてしまうなんて、この時が最初で最後です。
何週間か経った気がします。壁に掛かった時計は真夜中を指していました。
どうしてか、私はずっと眠っていました。最後に見たのは、自分の肌が緑色に変わっていく夢。アイさんみたいな白い肌でもない、私のくすんだ褐色の肌でもない、水の底に沈むような緑青色。思うように身体が動かなくなって、息が苦しくなったところで目が覚めました。
周囲を見渡しても、景色はいつもと変わりません。鉄格子の壁に滑らかな石の床、ボタンの付いた真っ白な鉄のドア。ランプは点灯したままで、コンテナが満杯になっていることを示していました。私がずっと眠っていたせいで、やるべきシゴトはたくさん溜まっています。早くシゴトに戻らないと。だって、シゴトをしない子は死んじゃうんですよね。ね、アイさん――
「――あれ、アイさん?」
でも、いつもと変わらない景色の中で、アイさんの姿だけが消えていました。鉄格子に囲まれた小さな部屋で、ずっと一緒に暮らしていた大切なアイさん。あの綺麗な白い肌、私のことを見通す赤い瞳、私に色々なことを教えてくれる素敵な声……ここにはもう、何もありませんでした。
コンテナの中は、いつもの銀のレンガと赤いポピーでいっぱいです。あっ、ポピー……ふと頭に手を伸ばして、今度はアイさんがくれたポピーすら残っていないことに気付きました。もちろん、部屋には何も落ちていません。コンテナの中にあるポピーは、ただただ運ばれて積まれているだけの荷物です。
大好きな赤いポピーさえ、今はもう私の味方ではありませんでした。
アイさんはどこへ行ってしまったのでしょう。この鉄格子から出られる術を見つけたのでしょうか。もしそうなら、どうして私を連れて行ってくれなかったのでしょう。私がずっと眠ったまま起きなかったから? 私はここでシゴトをしなきゃいけないから? 私みたいに物覚えの悪い子を、外に連れ出すメリットなんてなかったのかもしれません。
アイさんはきっと、鉄格子の外で自由に過ごしているのでしょう。私じゃない子とお話しして、私が知らない景色を見て、鉄格子の外にあると言っていたシゴトをこなしているのです。狭い部屋をただ散歩するよりもっと楽しいシゴトを、きっと。
でも、せめて最後にさよならくらい言ってほしかったな、と私みたいなちんちくりんでも思ってしまうのです。
目が覚めてからずっと、コンテナに届く荷物がどんどん増えています。私が寝ぼけているせいではありません。どんなに運んでも運んでも、コンテナのランプは消えないままです。やっぱり私は、ここで荷物を運ぶしかありません。だって、シゴトをしない子は死んでしまうのです。
コンテナに積まれた銀のレンガを両手に抱えて、部屋の端までよたよたと運びます。いつもよりたくさん運ばないと間に合いません。腕が軋んでキリキリと音を立てています。でも、ここでしっかりシゴトを続けていれば、いつかアイさんがまた新しいポピーをくれるかもしれません。
――クーのシゴトは、いつも一生懸命だね。
ふと鉄格子の外を見ると、クークーとうるさく鳴き声を上げる赤いオウムと目が合いました。きっとまた、このオウムも魔法で殺されるのです。